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2008年6月

官僚主導ではなくナベアツ主導だ

今日、道端で100円を拾った三田ライトです。こんにちは

昨年の城内実先生と山下真弥さんの講演会の時に城内先生が、郵政民営化については当初は、具体的なことが分からなく同僚議員に郵政民営化法案の勉強会に誘われて実態を知ったという。それに付け加え、殆どの政治家は郵政民営化法案の事を知っているのはいないとも述べていた。
ただ、与党の政治家は政策を吟味していなく、総理大臣の意向のままに付いて行き政治を行なっているにすぎない。議会制民主主義国家である我が国の政治家は、政党または官僚・キャノンの御手洗が会長を務める経団連が中心となった有識者会議・アメリカ年次改革要望書などによって作成された法案を熟知もせずに、議論もせずに議論をしても反論もせずに、押し通した法案がポチ泉構造改革から今日まで至っているのではないだろうか。
国民新党代表代行静香ちゃん(亀井静香)が自民党の政調会長を務めていたときに、議員同士で法案の中身を議論をするに於いて助言をするソロバン持ちの官僚を出入り禁止にして政治家だけで法案を提出した。今、自民党内ではそれをやろうとはしていない。
さて、今与党内で議論している借金を返済するために「増税」やむなしと考える与謝野馨氏と歳出削減をやってから「増税」だと考える中川秀直氏が対立しているみたいだが、両者共に行き詰まれば財務省や経団連が奨める「増税」社会福祉の「負担増」という考えなので、皇民無視のしがらみ政策に近い。
また、中川氏のもう一つの政策に、少子高齢化で予想される人口減少にともないGDP(国内総生産)の減少を懸念し、移民政策を打ち出し人口を増やしGDPを上げる事に力を入れている。しかし、それは画餅に近いようなものだと思える。
なぜなら、人材確保の為に移民を受け入れなければならないと言われても、今、社会人の全体でフリーターとニートを含めると3分の1を占めている。また、フリーターの中では、人件費削減の為に以前は正社員が行なっていた仕事をフリーターがやっているのが多く、つまり、給与が下がっているのと福利厚生が無くなっただけで、それが今日のGDPの減少に繋がり不況・雇用の不安定が続いているのであって、むやみに移民を受け入れても低賃金・重労働(その逆もある)で働かさせられて、先住民である私たちにとって差別の温床になる恐れもあるかもしれない。
現に、ドイツ・フランス・そして移民大国アメリカなどでは暴動や裁判が後を立たないではないか。もし、日本もそうなった場合に今まで以上に、政治がやりづらくなるであろう。政治というのは、10年先、20年先の子供たちが平和に笑って過ごせる生活を想像しながらやるものだ。与謝野氏と中川氏の政策には、格差拡大・汗を流して働く人の努力が報われるかと考えると難しいものではないだろうか。両者は似たり寄ったりであり、この政策は国民を幸福させるための議論ではない。国民に幸福を与えるためには、どうすればいいだろうか。
私見だが、まず政治家が地元の選挙区を熟知することからはじまると思う。
今、自民党内で刺客として送り込まれたいわゆる小泉チルドレンが、造反組に選挙区を奪い返されてしまっている。それは、何故かというと彼らが地元の人達に、愛着が持てられていないのと所縁がないのが一因ともいえる。それと、小選挙区制度いうのが政治家をダメにしている。
小選挙区制度になって、自民党または民主党では充分に議論はされておらず、自民党では小泉チルドレンと同じく地元を知らない世襲議員と総裁と考えが近いものを中心に擁立したりしている。 一方、民主党は松下政経塾出身や若くてアメリカ留学経験のある官僚出身、自民党に行きたかったけど公認されず民主党が候補者を受け入れている。両党も共通するのは、玉虫色でありかつ権力の集中があり、地元の一票があまり効いていない側面が伺える。
だから、選挙制度を大きく変え、一つの選挙区で一人が当選するのではなく、少なくとも5人が当選する中選挙区制度に変え、自民・民主・共産・社民・国新の各党の候補者が乱立して政党の操り人形ではなく、自分の考えを主張する政治が求められるし、地元行脚で足で稼ぐ政治家の努力が報われ、そうなれば政策論議が活発になる。
今、小選挙区制度になって、国民を重視する政治家が居なくなったのではないだろうか。何だか、力が弱く頼りにならないしがらみのある政治家が多くいる。
そのダメな政治家達の気持ちを払拭させるためには、選挙制度を変えなければならない。

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やっぱりアベコベだね

濡れた髪を初めて見せた夜心が泣いた工藤静香です。こんばんは

安倍晋三氏が対北融和路線の山崎拓氏を「百害あって利権あり」と批判したのが、先週末のニュースに話題になったが、これに倣い保守系ブロガーやネット右翼達が山崎氏を批判している。これって、安倍氏を中心とした対北強硬派の方々は的を外していないだろうか?弓を向けるのは、山崎氏ではなくて福田総理であろう。そして、安倍氏は山崎氏を揶揄しているが、自身が総理大臣を務めていたときに、彼は6ヵ国協議において北朝鮮に融和路線に踏み込もうとしているアメリカに何一つ言えなかった政治家が、今頃になって声を大にして訴えているのは可笑しくないか。それも、そんなに影響力が弱い山崎氏を中心とした対北融和派だけで、今日、北朝鮮のテロ指定解除の段階に踏み込もうとしているアメリカには何も言えない。見苦しすぎるぞ。

安倍氏が、総理大臣在任中に「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げておられたが、この意味がよく分からなくなってしまった。あの時、彼を支持する保守系ブロガー達は拍手喝采でどんちゃん騒ぎしていたが、それの夢半ばで総理を辞めてからの今の安倍氏は、「戦後レジーム(体制)からの脱却」は疎かそれにズブズブとのめり込んでいるような気がするのだが、私の気のせいだろうか。
それにしても、安倍氏は人柄がいいのか勝ち馬なのか知らないが、保守系からの支持がまだ根強い。もう一度彼を総理大臣に、と待望論を出している。しかし、本当にそういう政治家を選んでいいのか。
今の彼は、総理大臣の時と変わらずアメリカには何も言えない闘わない政治家だ。そういう政治家に期待する有権者はもう一度、じっくりと考え直すべきだ。

イザブロガーは右に大きく偏っている。

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何故、犯罪は起こるのか?

もうあれから、一昨年ぐらいになるだろう。秋田県で起きた自分の娘と近所の男児を殺害した畠山鈴香被告の事件。
テレビに映る彼女の目付きが悪く、取材をしているマスコミに乱暴な口調で態度を大きく見せてはいるが、時折、発覚を恐れ目が虚ろ虚ろになっているのが垣間見ることもあった。

何故、あのような事件が起きたのか?
秋葉原事件の犯人と同じように、彼女の高校の卒業文集にはそれと近いようなものがある。文集で恒例のクラス仲間のランキングでは、彼女の人格を否定するような事があげられ、寄せ書きでは、卒業後に栃木の旅館の就職内定が決まった彼女に対して門出の言葉が少なく侮辱するコメントが集中していたと言う。
私が思う卒業(学級)文集というのは、先生に説教されたり、友達に嫌われたり馬鹿にされたりと嫌な思い出があった学校生活を「本当は楽しかった」と、文集を読んでいる学友を励ますそういう秘められた力があると思う。
恐らく、彼女の文集または秋葉原事件等といった凶悪事件を起こした犯人達の文集には、それが無かったのではないか。文集作成者と一部の愉快犯のオナニーで崩されてしまい、学友の人格否定と侮辱をしているコメントまたはランキングを無視し訂正をしなかった。寧ろ楽しんでいた。その一部の人間のせいで、その対象となった凶悪事件の犯人達またはこの日記を読んでいる貴方は、どういう気持ちだっただろう。
「私は、何とも思わない」と言う心が広い人がいれば安心だが、不愉快な人もいるという事も忘れてはいけない。それが、過剰かもしれないが表現が人の良心を打ち消してまう恐れがあるのだ。
とはいえ、凶悪事件を起こした犯人の根幹にあるのは文集ではない。
私たち人間は、神から体と心と時間を与えられて生まれてきた。しかし、運悪く障がい者というハンデを背負っている人もいるし、金持ちではなく貧乏人だったり、親や兄弟がいなかったりと皆平等ではない。劣悪環境に育っていても立ち直る人、また、優良環境に育ったのに非行に走る人もいる。
凶悪事件を起こした犯人達は、運が悪かった一つ一つの出来事のせいで起きてしまい、悪魔と手を結ぶのを抑制できなかったか弱き者だ。けっして、キチガイではなく立ち直る要素がある人間だと私は信じている。
私は彼らを擁護しているけども、別に死刑廃止論者ではない。ただ、凶悪事件は何故起こってしまうのかと、深く考えてしまう。そして、私自身にも人を殺したくなるような憎悪があるのかかもしれないと、疑う時もある。今のところは、私がいる環境は信頼している人もいるし、安定した職にもついている。そして、私を天国で見守っている祖父母や兄弟がいるから、犯罪はやらない人間であり絶対大丈夫だと私は信じる。

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もう少し、冷静に物事を考えろ

まだ梅雨が明けていないのに、首都圏の今週は晴れ間が多いそうです。三田ライトです。アッサラ-ム・アライクム

ときたま、仕事仲間とではないが、たまたま政治の話を居酒屋とかで話をすると私の事を右翼だの左翼だのと言っている人というのは、何を基準に述べているのか理解に苦しむ。大体、私に対しレッテルを貼っている人間というのは、言葉足らずの人間が多いような気がする。ただ、「こいつは左翼だ」と言ったらその人は次の言葉が出てこなく、そこで終わってしまう。
それに対し、私は首を傾げながら丁寧に自分なりの意見を返すが、相手はひたすらありもしない「共産党支持者」「シナ寄り」とか、訳も分からないことを言う。
因みに、私の事を「右翼」とレッテルを貼った人間にも、私は先程のように意見を返す。
政治の話は考え方の違いによっては対立し、相手をどう納得させるか、または、相手が対立の元となる事柄の情報をどれだけ知っているのか探ってみたりすると、相手もそれなりの考えは持っている。だんだん、激化にするに連れて、またまた、先程のように相手側からレッテルを私は貼られ聞く耳を持ってくれないのが現状である。
私は、どちらと言えば右翼と左翼が嫌いである。なぜなら、視野が狭く、短絡的な人間だと思われそうだし、どちらかに偏っている人間はあまり好意を抱かない。政治家・政党で例えるなら、自民党の安倍晋三・中川昭一、民主党の前原誠司、社民党、共産党、大阪橋下徹府知事、東国原英夫宮崎県知事、石原慎太郎東京都知事といった連中だ。とはいえ、社民党・共産党・東国原知事の政策などに一部共感できる部分もあるのだが、彼らと私を同一にしたら困るので、くだらない分別はやめてもらい。私は私だ。

これが、実際の政治にも影響している。レッテルを貼ると言うのは、ヒットラー・ポチ泉・橋下府知事と同じく、権力者が歯向かう者を虐げるときに使う稚拙なパフォーマンスみたいなもんで、相手の意見を聞かない民主主義の崩壊ともいえるような行為であると私は思う。最終的には、それが衆愚政治に辿り着くのが落ちである。何も知らないくせに、知ったかぶりしてマスコミや周りに影響されて、歯向かう者にレッテルを貼っている権力者側に付いて行く有権者。もう少し、冷静に物事を見つめたらどうだろうか?

例えば、今、大阪府知事が行っている政策と言うのは二枚舌ではないだろうか。タレント時代の橋下と府知事となった橋下の態度は、大きく変わっているように見えるのは私だけだろうか。先月、シナのコキントウが大阪に訪れたときの橋下のデレデレとした表情は、タレント時代にシナ批判をした時の顔では無かった。とはいえ、彼は地方の政治家なので外交は関係ないかも知れないが、今は、スーパーやデパートで買い物をすると、「MADE IN CHINA」という表示された品物が多い中で、それを口にしたり利用したりする人が大阪府民にもいる中で、無視することは出来ない筈なのにシナに対しての苦言を橋下は言えなかった。彼よりも、チベットの人権問題でコキントウに苦言を呈した中田横浜市長の方がマシである。
また、橋下が今行っている行政施設の閉館や職員の給与削減・リストラ、府民に医療負担増を求める政策は、平成不況である今の段階ではやってはいけない禁じ手に近いものだ。たしかに、職員の給与削減はやらないといけないが、その代わり職員の子供の学費免除・伴侶が専業主婦・パートだったらその家庭には減税といった職員の痛みを和らげる政策がないと士気向上に繋がらない。また、リストラもただ減らせば良いとは限らない。余った人材をどう活用するかも府知事の腕の見せ所ではないだろうか。大阪には、町工場・オフィスビル・イベント施設・農業・漁業といった東京に負けじと優れた部分があると私は思う。それをうまく見出すために、余った人材を使ってみたらどうだろう。そうすれば、新たな所得を得て税収が増えることに繋がり、医療負担増を府民に求めなくても済むではないか。

今、大阪がやる政策は緊縮財政ではなく、積極財政である。どうすれば、新たな所得が得られるか、お金を府民に上手く回すためには生活にゆとりをもたらすことが必要であり、負担増を行えば格差が拡がる一方、失業率・自殺率・離婚率と大阪府の不名誉が露わに出てしまう恐れがある。

これは、大阪府の上に立つ福田政権にも当て嵌まる。

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